『ここの山、隣りの雲』
ここからほんの少し先に一軒の古ぼけた家がある。こちらに面した窓には薄いレースのカーテンが風に揺らいでいる。その隙間から見える家の中は、どこかしら見慣れた、そして、ふと郷愁を掻き立てられるような眺めである。
目を凝らすと、カーテンの背後に人影らしきものがぼんやりと浮かび上がる。しばらくして姿が見えなくなると、突然ドアが開き、その人が両手いっぱいの荷物を抱え、向こうに見える階段を一目散に駆け下りていった。
不意にどこからともなく足音が聞こえてくる。
このとき突然、閉まっているはずのこちらのドアが開き、沢山の荷物を抱えたその人が現れる。そしてそれを玄関先へ投げ出したかと思うと、荒々しく立ち去っていった。
実をいうと、こんな不可解なことがここ数日間繰り返されているのだ。
その人を取っ捕まえて、ことの真相を問いただそうと飛びだした次の瞬間、勢い余って足元の酒瓶に蹴つまずく。その拍子に山積みになった荷物はドアへ向かって雪崩落ち、こちらの身動きがとれなくなってしまった。
わずかに開いたドアの隙間からはその人の足音が聞こえてくる。ずっと遠くか、それともすぐそばなのかはわからない。
野津 晋也